ハーブの商品を通じて、みんなが嬉しい社会を作る

  • 田中規之さん

  • 2025.03.27

「福祉と私」は、福祉の現場でさまざまな取り組みを実践している人たちが、それぞれの立場から福祉を語る連載です。

 

私たちが訪れたのは、鯖江市にある「ナチュラル」。「一人一人の能力を引き出し、自分らしく、そして活き活きと作業できる場所」を提供することを目的に、2019年4月に設立された就労継続支援B型事業所です。今回は代表の田中規之さんに、2024年に誕生したハーブを使った商品の開発秘話を伺っていきます。

目指す福祉の姿を実現するために立ち上げた事業所

ーー田中さんが福祉の道に進んだきっかけは何でしょうか

高校の時に、自分の悩みを人に話すことで気持ちが楽になる経験をしました。悩み自体は解決しなくても、物事の見方が変わることで、そのようになるのかもしれないと気づき、それが心理学に興味を持つきっかけになったんです。

高校卒業後、県外の大学で臨床心理を学びましたが、地元が好きだったこともあり、卒業後は福井で就職しようと戻ってきました。でも、心理系の仕事の求人は少なくて…。そこから人の役に立つ仕事を探す中で、高齢者の介護の事業所に就職しました。

ーー福祉の仕事は介護がスタートだったんですね。

はい。ただ、介護の仕事を始めて間もなくヘルニアを発症し、現場での身体介助が難しくなりました。そのとき、障がい者福祉に関心を持つようになったんです。高齢者介護は現状維持が目的ですが、障がい者福祉では支援の方向性次第でできることが増えていきます。その可能性に魅力を感じ、就労支援事業所や地域活動支援センターでの経験を積みました。

しかし、事業所ごとに方針があり、現場で「これがよい」と思っても実行できないことも多かったんです。もどかしさを感じ、「それなら自分でやるしかない」と決意しました。

 

ーーそうして「ナチュラル」を設立されたのですね。

2019年4月に認可を受け、現在6年目になります。最初は利用者2名からのスタートでしたが、現在は12名ほどがシールを貼る、簡単なものを組み立てるといった軽作業や小物製作に加え、ハーブの栽培を行っています。

ハーブ栽培はどんな人でも関われる仕事

ーーなぜハーブ栽培を始めたのでしょうか。

子どもの時に観ていた「北の国から」で映った、富良野のラベンダー畑にすごく惹かれたんです。「ラベンダーを育てたい!」という思いが最初のきっかけで、レモングラスやローズマリーなど2,3種類のハーブからスタートしました。ハーブの栽培は、利用者さんにとってもいいことばかりなんです。

 

ーーいいことばかり、というと?

農作業を通して6次化商品まで作ることができれば、たくさんの仕事が生まれます。ハーブは葉物野菜などに比べて管理がしやすい。しかも、植木鉢にいれたままでも成長していきます。自然栽培で育てられるので、無農薬で安心安全なハーブができるんです。

また、家に引きこもっている人など、事業所まで通えない人でも水やりなどのお世話は自宅でできるし、野菜のように「今日収穫しないといけない」といったこともありません。利用者さんのペースでできる仕事なのも良いところだなと思っています。

ーーたしかに、家から出られない方も仕事ができるのはいいですね。

事業所に通うだけが仕事ではないと思うんです。家で作業していても社会とつながれる、そんな仕事を作りたいと思っていました。実際に利用者さんに「頑張って育ててね」と伝えると、一生懸命お世話をしてくれるんです。植木鉢のハーブが少しずつ大きくなると、それが自己肯定感につながるし、思い入れも強くなります。

「ラベンダーは福井のような多湿な環境で育てるのが難しく、今はローズマリーとレモングラスを主に育てています」と田中さん

お茶を淹れるように、ひと手間を楽しむ「バスハーブ」

ーー今回、そのハーブを活かした商品が誕生したそうですね。どんな商品か教えてください。

「自分たちで栽培しているハーブの香りを活かした商品が作れないか」というアイデアから「Tea-like Bath Herb」という商品を開発しました。お風呂でハーブの香りを楽しむアイテムです。

最初はお風呂でハーブの香りを楽しむ方法として人気の「バスソルト」を作る予定でした。バスソルトはハーブのほかに塩や重曹などをいれることがあるのですが、材料や配合を調べているうちに、追い焚き機能付きの浴槽では配管を痛めてしまうことがわかったんです。

今回は私たちにとって初めての商品開発ということもあったので、できるだけシンプルな素材と工程で完成する商品を目指した結果、塩やオイルを混ぜずにドライハーブそのものを使い香りを楽しめるバスハーブを作る形に辿り着きました。

ーーこのパッケージも素敵ですね。デザインは六感デザインの野路靖人さんが担当されたとのことですが、どのようなやりとりがあったのでしょうか。

材料はドライハーブだけにしようと決めたのですが、はじめのうちはお風呂にいれてもハーブの香りが全然しなかったんです。野路さんもどうすればハーブの香りがでるのかいろいろと実験してくださっていて、「そのまま浴槽に入れるのではなく、まずは『ハーブティーのティーパックのように、まずは沸騰したお湯に浸して蒸らすことで香りを出す』というプロセスを加えてみてはどうか」と提案いただきました。

そのまま入れるのに比べるとひと手間かかりますが、それを逆手に取り「まるでお茶を淹れる時間のように、プロセス自体を楽しむ商品」として表現することがこの商品の価値になるとおっしゃっていただき、なるほど!と思いました。

パッケージにもお風呂にお茶を注ぐかのようなイラストをあしらうことで、使い方もイメージできるようなデザインにしていただきました。

ーーお客さまからの反響はいかがでしたか?

先行して、2024年11月に開催された「RENEW」というものづくりイベントで販売したのですが、ティーパックのような見た目や無農薬や自然栽培がイメージできるようなナチュラルなデザインがお客様からも好評でした。また、「ひと手間かけることが心を整えてリラックス効果になる」と、バスハーブの使い方についても好感触でした。

 

ーー今後、どのように販路を広げていきたいですか?

自然で身体にやさしいものやハーブの癒しを求めている一般の方はもちろんですが、美容室やスパ、リラクゼーション施設などにも使っていただけたらと思っています。

好きなことで長く働き続けるために

ーー今回、商品を作ってどんな気づきを得ましたか?

自社ではじめて商品を作ったことで、デザインの大切さを感じました。いくら中身が良くても、お客さまに手にとってもらわなければ使っていただくことはできませんから。デザイナーさんをはじめ、たくさんの人とのつながりも広がりました。

また、利用者さんにも新たな目標ができて、これまで以上に自主性を持って作業に取り組めるようになったと思います。バスハーブをきっかけにハーブに興味を持つ方が増えたので、今後もハーブを使ったアロマオイルやサシェなど、自然に循環するような商品ができればと考えています。地域の人も使う人も利用者さんも、誰もが喜ぶ商品を作りたいですね。

ーー福祉の仕事をしていてよかったなと感じるのはどんな時でしょうか。

やはり、これまで利用者さんができなかったことができるようになったり、あきらめずにチャレンジして目標を持ったり前向きになったりする姿を見た時ですね。

今いる利用者さんの約半数がうちで働くようになって3年以上経ちますが、「ここで働くようになってから表情が変わりましたね」と相談員の方から言われることが増えました。「ずっと働き続けたい」と言ってくださる利用者さんもいます。その方たちのためにも、一人ひとりの性格や特性、好きなこと、大事にしていることに合わせてできる仕事を、これからも増やしていきたいと思います。

あなたにとって福祉とは

Profile

  • 田中規之さん
    合同会社ナチュラル 代表社員

    鯖江市出身。県外の大学で臨床心理を学んだ後、介護業界に就職。その後障がい者福祉の事業所を経験した後、2019年に就労継続支援B型事業所「ナチュラル」を設立。どんな人でも関わることができる仕事を増やす取り組みを進めている。

    https://natural-sabae.com/

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