越前和紙製品を通して、利用者の「働く」喜びを作っていきたい。

  • 鵜飼紗也子さん

  • 2023.03.31

「福祉と私」は、福祉の現場でさまざまな取り組みを実践している人たちが、それぞれの立場から福祉を語る連載です。

今回私たちが訪れた場所は、福井県坂井市にある「ワークかすみ」。社会福祉法人かすみが丘学園の就労支援センターで、地域に暮らす障がいを持った方々の生活や就労のための支援を行っています。企業からの受託作業や、福井県の伝統工芸である越前和紙を使用した自主製品の制作等、さまざまな生産活動を通して「働く」気持ちに寄り添った支援を行う、職員の鵜飼紗也子(うがい・さやこ)さんに福祉の世界に飛び込んだきっかけや仕事への思いを伺いました。

毎日楽しく、生きがいをもって暮らせるお手伝いをしたい。

鵜飼さんの地元は「ワークかすみ」の近くだと聞きました。

そうなんです。家がここから近くて小さい頃から利用者さんとすれ違うこともありました。でも当時は意識したことがない…というか無関心でしたね。

将来の夢は保育士だったそうですが、どうして福祉の世界に?

中学生の頃から保育士になりたくて大学は幼児教育学科に進学しました。保育士になるためには幼稚園実習、保育実習を重ねていくのですが、次第に思い描いていた保育士像と違うかもしれないと思うようになったんです。

どんなところが違うと感じたのでしょうか。

保育園や幼稚園では、子どもたちの成長とともに当然ですが教育的なことも考えなければなりません。私は単に「子どもたちと楽しみたい」という思いだけで保育士を目指していたので、子どもの成長に向き合い寄り添っていけるのか迷いが出ていました。そんな時に「ワークかすみ」と同じ社会福祉法人かすみが丘学園が運営する入所施設「ライフかすみ」で福祉の実習をすることになったんです。

ーー実習ではどんなことをしたんですか。

その時の課題が、入所者のみなさんとレクリエーションをすることでした。重度の障がいを持つ高齢者のグループを担当したのですが、まずは手先を動かしてから自分が考えた体操をみなさんと楽しみました。障がいのある方と接するのはこの時が初めてだったのですが、だからといって特別意識することはなかったですね。子どもたちに接するより喜んでもらえたなと手応えがあったことを覚えています。

その実習でこれまでの迷いがサーっと晴れたようでした。入所施設で大事なのは、利用者のみなさんが生きがいを持って安全に暮らすこと。言葉で意思疎通できなくても利用者さんに寄り添い、支援している職員の姿を見て、私も職員として支援したり利用者さんを楽しませたりする仕事に就きたいと思ったんです。そこで、卒業後はこの社会福祉法人に就職しました。

日々の繰り返しのなかで“支援のカタチ”を見つけていく

ーー鵜飼さんは今何年目ですか?

9年になります。最初の3年は実習に行った「ライフかすみ」で、生活支援員として障がいを持った入所者さんの日常生活の介護や創作活動支援を行っていました。6年前にこの就労支援施設「ワークかすみ」に異動になって今に至ります。「ライフかすみ」では利用者さんの生活支援をしながら施設内の掲示物などを作って、重度の障がいを持っていて外に出られない方も季節を感じていただけるような工夫をしていました。

ーー利用者さんとの意思疎通やコミュニケーションで難しさを感じることはありませんでしたか?

もちろんありました。話す言葉や何を伝えたいのかがわからなくて途方に暮れたこともありました。でも、一緒に過ごす時間が増えていくつれて、ある日突然「あ、わかるようになった!」と思える瞬間があって。言葉で何か伝えるというよりも、感じ取れる表情が増える感覚です。ほかの人だと見過ごしてしまうようなささいなことなんですが、心を開いてもらったことがわかると嬉しい気持ちになります。

ーー早く心を開いてもらうために、コミュニケーションの部分で気をつけてることはありますか?

利用者さんの好きなものに関する話はするようにしていますね。例えば以前ハンカチが好きな利用者さんがいたのですが「今日はどんなハンカチですか」って毎日聞いていました。そしたら嬉しそうに見せてくださるんです。自分の好きなものにふれてもらうと嬉しいですもんね。

ーー鵜飼さんを見ていると、接し方がすごく自然ですよね。コミュニケーションの方法は教わったんですか?それとも自己流?

こちらに就職した直後は先輩についてのOJTがあり、基本的な支援のやり方や利用者さんへの寄り添う姿勢を教えていただきました。あとは自分が経験していくなかで、それぞれのやり方・接し方を確立していく職員が多いように思います。毎日うまくいくことだけでなく失敗することも多いので、その繰り返しの中で身につけていくことは多いですね。

「働く」を支援することの難しさ

ーー今鵜飼さんが働く「ワークかすみ」では、どんな支援を行っているんですか?

主に福井の伝統工芸品である越前和紙と版画を組み合わせたカレンダーやステーショナリーを利用者さんと作っています。カレンダー制作は今から41年前に入所施設の創作活動としてスタートしましたが、平成21年に「ワークかすみ」が誕生してからは利用者さんの仕事として制作を請け負うことになりました。

カレンダーは春先から10月ぐらいまでの間に作るんです。カレンダー制作の際に余った和紙が出てしまうので、それを使ってポチ袋やレターセットなども作っています。6年前からは「印スタ(インスタントスタンプ)」というブランドも始めました。当時勤務していた職員が消しゴムハンコを趣味でやっていて、それを製品のなかで活かそうと消しゴムハンコと越前和紙を組み合わせたステーショナリー製品を作っています。

ーー生活支援から就労支援に変わり、何か変化はありましたか?

「ワークかすみ」に異動になった頃は、最初めちゃくちゃ辛かったですね。ある程度経験を積んで入所者さんたちの支援ができるようになってきたと思っていた矢先の異動だったので……。しかも、就労支援と生活支援はやることがまったく違っていて戸惑いました。

ーーやることが全然違う、というのは?

入所施設は生活の場として、利用者さんが安全に毎日どう楽しんで暮らせるかに関わる支援でしたが、「ワークかすみ」は働く場。ここに通う利用者さんは、家に帰ったら自分の生活があります。少しでも生活を豊かにしていくために、製品開発や販路拡大など、工賃をたくさんもらえるような仕組みを考えていくことが我々支援員の役割でもあります。これまで経験してきた支援とは考え方を変えなければいけないと思いました。

利用者さんの中には、一般就労を目指す人もいます。ただ楽しいだけではなく、私のやり方次第でその人の力を引き出せるかが変わってくる。なので、プレッシャーがすごかったです。

ーーなるほど。考えることが一気に増えた感じですか?

はい。「ワークかすみ」に来るまで、見積もりや請求書など作ったことがなかったですし、販売に関する知識もまったくなかったので最初は本当に大変でした。例えばカレンダーには企業名を入れられるようになっているので、つながりのある企業さんやメディアを見て問い合わせてくださったお客様とのやりとりなども増えました。

ーー営業みたいなことにも携わっているんですね。利用者さんとの接し方は入所施設の時と比べると変わりましたか?

接し方は特に変わっていませんね。ただ、どの利用者さんもとても真剣に作業しているので、「頑張ってるね」と声かけはしていますし、商品が売れた時も利用者さんに伝えるようにしています。お客さんと接する機会があれば「このカレンダーの絵は、あの利用者さんが描いたものなんですよ」と伝えるなど、利用者さん自身が「自分がこの製品に携わった」と実感してもらいたいと思っています。

あとは利用者さんができることを増やしたいという思いもあって。例えばうちで作っている卓上カレンダーは、これまで月が変わるごとに自分で台紙を差し替えなければならず不便だったのですが、台紙をめくる構造に改良したんです。そうすることで台紙を留め具でとめる工程が増えて、利用者さんが関わる作業を新たに増やすことができました。自分がこんなことをやりたいと思った時に、なるべくいろんな作業に利用者さんを巻き込みながら一緒に作りたいなと思っています。

自分たちの作るものに自信を持てた「フクション!マルシェ」。

ーー昨年行われた「フクション!マルシェ」では、「ワークかすみ」さんで制作・販売した製品が好評でしたね。

ありがとうございます。福井の名産である、へしこ、羽二重餅、地サイダーを版画で刷った「紙版喫茶」というポストカードとレターセットをデザイナーさんとともに作りました。一つ一つの製品を利用者さんが手作業で印刷するので、色の付き方やかすれ具合がいい味を出しているんです。版画の下絵も利用者さんが書いたいくつかの作品の中から選びました。

「ワークかすみ」では長年いろんな製品を作ってきましたが、年々利用者さんの技術が高くなり、どの作業も正確すぎて逆に手作り感が損なわれているのがもったいないと思っていました。

デザイナーさんに入っていただき、私たちの技術の良いところを活かしつつブランドとして統一感のある製品になったので、とても新鮮な経験でした。いろんな方にうちの商品をほめてくださったのが嬉しくて、品質だけでなく商品の価格にも自信を持っていいんだなと思いました。

ーー今後、商品の価値を伝えていくために取り組んでみたいことはありますか。

これまではあわら市にある「金津創作の森」のイベントに出店して販売やワークショップを開催していましたが、コロナ禍になって数が減ってしまいました。すべて手作りでいいものを作っているという自負はあるので、おかげさまで年々売り上げは上がっていますが、今後は作るだけでなくお客さんに直接伝える機会を増やしていきたいと思っています。

福祉はいろんな笑顔に出会える仕事。

ーー福祉の世界に携わってきて、鵜飼さん自身で成長を感じた部分はありますか?

いろいろありますが、特に「ワークかすみ」に来てからは、「利用者さんにとってプラスになり、お客さんにも喜んでもらえるものって何だろう」と、試行錯誤の日々でした。最近になってやっと自分が作りたいものを形にできるようになってきたなと思います。例えば休日に買い物をしていると、ついお店で売っている商品の色の組み合わせやデザインが気になったり、参考になりそうなものは写真を撮ったりすることも(笑)。自分にも余裕が出てきたのか、いろんなことがスムーズにできるようになってきました。

ーー鵜飼さんを見ていると、すごく楽しそうだなと思います。

はい、あらためて福祉の世界に入ってよかったなと思いますね。人と人とが向き合う仕事なので難しさを伴うこともありますが、それ以上に得るものや喜びも多い仕事です。これからも私たちの支援で利用者さんの笑顔をもっと増やしていきたいと思います。

あなたにとって福祉とは

Profile

  • 鵜飼紗也子さん
    「就労支援センター ワークかすみ」生活支援員

    仁愛短期大学幼児教育学科卒業。保育士を志すも、大学の実習で利用者さんと心を通わすことにやりがいを感じたことから福祉の世界へ。現在は就労支援センター ワークかすみの生活支援員として、消しゴムハンコや越前和紙を使ったカレンダー等の制作や販売を通して利用者の就労支援を行っている。https://kasumigaoka.net/service-work.php

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