人生の選択肢は広げられる。
「好き」を活かせる仕事を通して感じた自分の存在意義。

  • 畑幸平さん

  • 2022.03.07

「福祉と私」は、福祉の現場でさまざまな取り組みを実践している人たちが、それぞれの立場から福祉を語る連載です。

今回私たちが訪れた場所は、福井県越前市にある就労継続支援施設「前進主義」。A型事業所、B型事業所、就労移行支援事業所などさまざまなタイプの事業所の運営を通して、利用者一人ひとりに合ったキャリアアップを実現しています。

3年前に入所した畑幸平さんは得意なパソコンのスキルを活かし、ホームページ作成などを手がけています。それまでは身体の不調のため思うように働けないこともあったそう。前進主義で働くようになってからの変化や、働くなかで感じたやりがいなどを伺いました。

パソコンの世界にのめり込んだ学生時代

ーー畑さんは昔からパソコンが好きだったんですか?

小学生の頃からワープロや電子手帳などを使って遊んでいました。中学生の時に親にパソコンを買ってもらったことから、すっかりのめり込んだんです。今から30年以上前はまだパソコンがそれほど普及していなかったので、結構高価な買い物だったと思います。当時はインターネットもないパソコン通信の時代。パソコンを使ってゲームしたり、絵を描いたり音楽を作ったりなど遊び方が限られていました。よく知り合いの大学生の家に遊びに行って、ハイスペックなパソコンを見せてもらったり、システムの設定方法を教えてもらったりしていましたね。

大学に進学した後はパソコンを使った経営の効率化などを学んでいました。勉強そっちのけでパソコンに夢中だったので、働くならパソコンの仕事しかないと思っていました(笑)。パソコンの仕事といってもいろいろありますが、プログラムの仕事なら実用的でいいかなと思い、大学卒業後は岐阜県のIT企業に就職したんです。

まさか自分が統合失調症に

ーー希望していた仕事に就くことができたんですね。

そうですね。最初はアルバイトで入社しましたが、2年目には社員に昇格するなど、忙しくもやりがいを持って仕事をしていました。でも入社して5年目くらいの時に体調がすぐれない日が続くようになったんです。仕事のプレッシャーもあったのか、不眠になり、次第に妄想や幻聴に悩まされるようになりました。「プログラムの仕事は精神的な負荷が大きいのでは」と家族に言われ、その後工場でステンレスタンクの溶接の仕事に転職したのですが、状態は改善せず余計に悪化してしまいました。最初は自分の身体に起きていることを受け入れられなくて体調が悪くなっても治療を受けずやりすごしていたのですが、3回目に体調を崩した時にいよいよ入院することになり、統合失調症の診断を受けました。

ーーそれは大変でしたね。

最初はすべてに自信がなくなってしまいましたが、入院したことで自分の症状がわかりましたし、自分に合う薬も処方してもらえるようになったので、逆に少し安心しました。そこで病院から相談支援専門員を紹介してもらい、生活上のアドバイスや日常生活に必要なことのサポートをしてもらったんです。「前進主義」に出会ったのも、相談支援専門員からの紹介です。3つほど事業所を紹介してもらったのですが、前進主義が一番自分のスキルが活かせそうだったので、ここに決めました。

ーー働くことに不安はありませんでしたか?

もし体調が悪くなったらどうしようと考えることはありましたが、一般の企業ではなく何かしら障がいと向き合いながら働く人たちに囲まれた環境なので気持ちは楽でした。生活のリズムを整えるためにも働くことが大切だと思っていたので、不安はそこまでありませんでしたね。

 

多様なクリエイティブが集まる事業所

ーー前進主義ではどんなことから始めたんですか

まずは職員さんとどんな仕事をしたいか、将来どうなりたいかなどを話し合って自分のキャリアプランを考えていきました。自分の障がいがわかった時は「これからちゃんと働けるのだろうか」と思った時期もあったので、未来のことを考えられるのはとても嬉しかったですね。

事業所は上下関係があったり、もっと堅い感じの雰囲気をイメージしていたりしたのですが、みなさんとてもフレンドリー。さまざまな障がいのある方がいて、年齢も本人の困りごともバラバラ。でも働くことへの意欲が高い人たちが多く、就職に向けて頑張っている姿にとても刺激を受けました。

その後は実際の職場で仕事を体験しながら自分に合っているか、どんな仕事ならできるかなどを判断する「アセスメント」という期間があり、足りないスキルをオンライン学習などで学んでいきます。私の場合はパソコンの知識や経験がある程度あったので、比較的早めにクリアして事業所の業務に携わることになりました。

ーー前進主義は事業所がいくつかありますが、畑さんが通っているこちらの事業所はどんなことをやっているんですか?

この事業所はホームページの制作やグラフィックデザイン、似顔絵やイラストの作成から動画編集、ものづくりまでさまざまな仕事を手がけています。デザイナーや動画編集、イラストレーターなど12名ほどの利用者がいて、協力しながら一つひとつの案件をこなします。

隣の部屋はものづくりができる部屋になっていて、UVプリンターやレーザーカッター、カッティングプロッターなど結構新しい機械も多いんですよ。試作品を作ることも多く、誰でも自由に使えるようになっています。

ーー充実していますね。どんなお客さんから依頼があるのですか?

業種はバラバラですが、地域の企業や学校、個人のお客様からの依頼が多いですね。やさしいお客さんが多くて、無茶なことを言われることもほとんどありません。ここの事業所を開設して3年半くらいと聞いていますが、リピーターのお客さんも多いようです。

自分のできることが増えていく

ーー畑さんはこちらでどんな仕事をしているんですか?

私は主にホームページのコーディングを行っています。デザイナーが制作したWebデザインをもとに、コードを組み立てる仕事です。もともとプログラムを組むことが好きだったので、ホームページを作る時のコードもあまりハードルが高くなく、無理なく始めることができました。

ーー得意分野ですものね。

でも、私はデザインについては素人なので、デザイナーがこだわっている部分を見落としがちなこともよくあります。やりとりをする中で少しずつわかるようになってきましたが、デザインって本当にセンスだなと思いますね(笑)。

ここで働く人たちはみんなプロ意識を持っているので勉強になりますし、無事公開できた時は「やっと世に出せた!」と本当に嬉しく思います。今は3ヶ月に1サイトくらいのペースで制作しているのですが、もうちょっとスピードを上げていきたいところですね。

「こうすれば効率がよくなるのでは」と自分で考えたことはいつでも職員の方に提案できますし、「いいね、やってみたら?」と職員の方も背中を押してくれます。何でも相談できるし聞いてもらえる環境は本当にありがたいなと思います。

 

ーーこれまで携わった仕事で印象深いものはありますか?

最近ではホームページのコーディングだけではなく、ライティングや画像の加工など新しいことにも挑戦させてもらっています。この前はオンライン講義の配信サポートの仕事を任されたのですが、どの音をどのスピーカーにつないできれいな音にするかを考えるのがとても難しかったですね。一回きりの本番ということもあり、失敗できないのでプレッシャーはありましたが、なんとか大きなトラブルもなく終えることができたのも自信につながりました。

 

ーー仕事の幅が広がっているんですね。

そうですね。大きな会社だと分業のところも多いですが、「前進主義」ではこれまでやったことのない仕事も「練習でいいから一度やってみようか」とどんどんチャレンジさせてくれる環境です。任すだけでなく「大丈夫!」と励ましてくれるのも心強いですね。もともと私は技術畑でやってきたので現場でつくる仕事に充実感がありましたが、最近ではプロジェクトをまとめたり管理の仕事も任されるようになってきました。業務全体を広い視点から見ることの大切さも少しずつ感じています。

好きなことを仕事にする喜び

ーー前進主義で働いてよかったことは?

家にこもっていると社会と隔離されているような気がして、心身ともに安定しない日々でした。こうして外に出て働く機会を与えてもらったことはさまざまな面でプラスになりましたね。しかも自分が得意なパソコンの仕事に携われる。親も私が働くことにはもともと賛成でしたが、何よりも「好きなことを仕事にできてよかったね」と言ってくれています。

とにかく作業が好きなので、休みたいとは思わないですね。もちろん日によっては体調に波がありますが、体調がすぐれない時でも間に合う時間帯に出発したり、薬の副作用で体重が増えてしまうので昼食をコントロールしたりなど、無理なく働けるよう自分自身でも気をつけています。

ーー最後に、これから実現したいことや挑戦したいことなどがあれば教えてください。

ここで働き始めた頃はプログラミングのスキルだけでしたが、デザインやライティングなどさまざまな知識を学ぶことで、選択肢がより広がったと思います。自分のできることで誰かの役に立てることが何よりも嬉しいですね。

さまざまな人たちとともに働き、コミュニケーションを取る中で、ただ指示通りにホームページを作るだけではなく、伝えたいことをちゃんと届けられるような見せ方が必要なこともわかりました。これは一人でやっていてはわからないことだったと思います。いずれは自分でコンテンツから作れるようになりたいですね。

あなたにとって福祉とは

Profile

  • 畑幸平さん
    就労継続支援施設「前進主義」利用者

    1979年生まれ。幼い頃から得意だったパソコンのスキルを活かし、就労継続支援施設「前進主義」でホームページの制作を手がけている。https://standtogether-fukushi.com/

他の記事を読む

もっと見る