一歩踏み出せば誰でも福祉に関われる。
働いてわかった知ることの大切さ。
-
今村奈緒美さん
-
2022.03.04
「福祉と私」は、福祉の現場でさまざまな取り組みを実践している人たちが、それぞれの立場から福祉を語る連載です。
今回私たちが訪れた場所は、福井県南越前町にある特定非営利活動法人はす工房「花里音(かりおん)」。自然豊かな山々に囲まれた環境にある施設はまるで家のよう。なかではさまざまな障がいを持った人たちが地元の人たちと一緒にパンやお菓子、工芸などの商品を製造販売しています。
花里音の事務スタッフとして働く今村奈緒美さんは3年前に職員として採用に。それまでは福祉とはまったく縁がなかったといいます。仕事を始めて感じた福祉のイメージや課題などを伺いました。
山に囲まれた古民家で、地元の人と一緒に作業する
ーー「花里音」は作業所というよりも、家みたいな雰囲気ですね。
そうでしょう、山に囲まれていてとても気持ちがいい場所なんです。シカやサルなど野生の動物もよく見かけるんですよ。ここでは今24名の利用者さんと16名の職員が作業をしています。特別支援学校を出たばかりの10代の方から上は70代まで、年齢層も幅広いから余計に家っぽい感じがするのかもしれませんね。知的・身体・精神と障がいの状態も一人ひとり違うので、その人ができること・やりたいことに合わせて仕事をお願いしています。
作業内容はパンやお菓子の製造、青果会社より委託を受けて野菜のパック詰め作業などを行っています。お菓子やパンは近隣のスーパーや農産物直売所、県庁や市役所関係などでも販売していて、メニューの数も多いですね。昨年、近くに「道の駅 南えちぜん山海里」がオープンしてからは、今まで以上に注文の数が増えているので毎日忙しくしています。最近はおはぎも作り始めたんですよ。所長が毎日小豆を炊いています。
ーー商品の反応など、お客さんからの声を聞くこともあるんですか?
そうですね。友人からもらって美味しかったからと買いに来てくださったり、遠方に発送してほしいと依頼がきたりすることもあります。納品に行って、商品が減っているのを見ると、やっぱり嬉しいものです。
ーー食べ物以外に工芸品も作っていると聞きました。
「はす工房」と名前がついているように、このあたりでは夏頃にはすの花が咲き始めます。もともと所長が染めに長けていたこともあり、はすの葉や花、草木を使った染めや織りの商品もつくっています。地元の園児たちに染め体験をしてもらうこともあります。
ーー利用者のみなさんはこの近くから通っているんですか?
職員も利用者さんも、基本的に地元の人が多いです。平成15年に開設して以来、この地域に根付いて活動しているので、施設の近くに住むボランティアの方にも作業を手伝ってもらっています。
特に野菜のパック詰め作業は収穫時期によって一気に量が増えることがあるんです。忙しくなったら所長が「○○さんに電話してみるわ」って連絡を取ると、みなさん快くすぐに来てくれる。今ではほぼレギュラーで毎日通ってもらっていますね。じゃないと作業が回らなくて…花里音を支えてくださる本当にありがたい存在で。利用者さんの顔ぶれは毎日変わるので、日によってにぎやかな日もあれば、黙々と作業している日など、作業場の雰囲気も変わります。おしゃべりな利用者さんがいる時はずっといろんな話をしていますよ。
たまたま飛び込んだ福祉の世界
ーー今村さんは花里音でどんな仕事をしているんですか?
電話応対や精算関係など事務業務がメインです。職員が少ない時は利用者さんの送迎をしたり、野菜の加工を手伝ったりしています。事務職員での採用でしたが、最近は事務の仕事以外の時間のほうが長いかもしれません。よっぽど締め切りがあるもの以外はあと回しで、利用者さんと一日中野菜を詰めていることもあります。
ーーもともと福祉の仕事に興味があったんですか?
いえいえ、これまで自分の周りに障がいのある方がいなかったこともあり、福祉系の仕事は考えたことがありませんでした。まちで障がいのある方を見かけても接することがなかったので、興味がないというよりも、選択肢にないといった方が正しいかもしれません。こちらで働く前は関西に住んでいて、福祉とはまったく関係のない仕事をしていました。4年前に地元の南越前町に戻ってきたので、家からすぐに通える事務の仕事を探していたんです。ペーパードライバーだったので、車通勤が不安で(笑)。そこでたまたま見つけたのが花里音でした。町内にこんなところがあるんだ、とはじめて知りました。
ーー福祉業界で働くことに不安はありませんでしたか?
事務の仕事なので直接利用者さんと接することは少ないだろうと、あまり深くは考えていなかったように思います。
でも、実際に働き始めると、事務職員であっても利用者さんと接することはもちろんあります。当然、「あの人にはこう接して、この人にはこんなふうに接して」と細かい対応方法があるのかと思っていたのですが、特にマニュアルなどはなくて(笑)。なので、最初はどうやって接すればいいんだろうと戸惑いましたし、「私の接し方、これで大丈夫でしょうか?」と先輩職員に聞いたこともありました。
ーー先輩職員は何と仰ったんですか?
「全然問題ないから大丈夫よ〜」って(笑)。一緒に働くみなさんは経験や知識が豊富なのはもちろんなのですが、すごく自然体なんです。私は、「障がい者と接する時は一人ひとりの状態に合わせてコミュニケーションを取らなければならない」と思い込んでいたので、逆に構えていたんだなと思いました。ここで働くようになって3年経ちますが、今では“利用者と職員”ではなく、一緒に仕事をする仲間として接することができるようになったと思います。苦手なこと、できないことは私にもたくさんあるので、障がいがあるとかないとか、気にならなくなりましたね。
ーーそんなフラットな環境だから、利用者の方ものびのびと過ごせるんでしょうね。
そうですね。通っている利用者さんの変化も感じられるようになりました。例えば、私と同じくらいの時期からこの施設に通うようになった20代の利用者さんは、重度の障がいを持っていたので、最初はこちらの言葉を繰り返すことしかできなかったんです。でも、ここに通っているうちにみるみる成長して、今では普通に会話のキャッチボールができるようになりました。自分の仕事内容も理解しているし、ちょっとした冗談を言うこともできるようになる。言葉の数も増えてすごいなと思います。
お菓子作りを担当している利用者さんも、以前はただ目の前の作業をこなすだけでしたが、自分たちの仕事に責任感を持つようになりました。「注文の数が多い週末はみんなが大変だから休まないようにするね」と周りを気遣うような言葉も出て、ちょっと感動する時もあります。
福祉に関わるきっかけはすぐそばにある
ーー今村さん自身に変化はありましたか?
福祉や障がいへのイメージは大きく変わりました。働くまでは「特別な経験や資格がないとできない仕事」だと勝手にハードルを上げていましたが、さまざまな仕事を通して福祉の世界に飛び込むことができるんだと感じています。何の経験もない私でも事務として福祉に関わることができましたし、地元のボランティアの方が野菜を袋に入れることだって立派な福祉の仕事だと思います。福祉に関わるきっかけは世の中にまだまだ溢れているはず。どうすればもっと間口を広くできるんだろうと考えるようになりました。
ーーたしかに、仕事以外にも福祉に関わるきっかけはたくさんありそうです。
あとは「知ること」も大事だなと感じています。例えば、花里音で働くようになってから、家族の会話でも福祉や障がいのことが話題にのぼるようになりました。「この前(利用者の)○○くんが自転車に乗っているのを見かけたよ」って家族もまるで知り合いのことのように話したり(笑)。知ることで「まちで見かけた障がい者」から「まちで見かけた○○くん」になるので、距離がグッと近くなると思うんですよね。
花里音にはボランティアの方もたくさん来てくださっているので、まずはこの地域のなかで私たちのことをもっと知ってもらい、みんなで見守るような環境が作れたらと思っています。
ーー今村さんの変化に、周りの方も驚かれたでしょう。
そうですね、家族が一番驚いていると思います。「絶対に長続きしないと思っていた」と言っていましたから(笑)。でも、自分自身なぜ今もここで働き続けているのかを考えると、やっぱり居心地が良いからなのかなと思います。職員も利用者さんも優しくてあたたかい。そこに障がいの有無は関係ないなと感じています。
ーー福祉の分野で働くからこそ感じた課題はありますか?
私はほかの職員と比べて福祉の経験や知識が少ないので、毎日「これでいいのかな」と迷うことがたくさんあります。私たちが当たり前だと思ってやっていることが実は利用者さんにとって負担になっていたり、逆のパターンだってあるかもしれない。もちろん、同じ職場の先輩職員にはいつも相談していますが、ほかの事業所がどのように対応しているのか、もっとフランクに意見交換できる場があればいいなと思います。
また、利用者さんと一緒に作った商品をしっかり発信したい思いもあります。デザインや発信が得意な人たちの力を借りて今の商品をもっと高めていけたら、私たちのことを知ってもらえるチャンスにもつながる。もちろんお客さんにもっと喜んでもらえるし、利用者さんのやる気にもつながるはず。
自分の事業所だけですべてを完結するのではなく、横の連携をつくり、福祉をもっと外にひらいていけたらと思っています。
あなたにとって福祉とは
Profile
-
-
今村奈緒美さん特定非営利活動法人はす工房「花里音」事務職員
特定非営利活動法人はす工房「花里音」事務職員。3年前に入所し施設の事務業務を行う。道の駅への配達や利用者の送迎、イベントの販売スタッフなど、何でもこなすマルチプレーヤー。http://www.karion.jp/