地域企業と福祉施設のマッチングで、WIN-WINの好循環をつくる
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小林拓未さん
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2024.03.26
「福祉と私」は、福祉の現場でさまざまな取り組みを実践している人たちが、それぞれの立場から福祉を語る連載です。
私たちが訪れたのは、地域の金融機関として、地域産業の育成・発展と地域に暮らす人を支える「福井銀行」。金融機関の枠を超えて県内のさまざまな企業同士をつないでおり、近年では企業×福祉施設のマッチングも手がけています。今回は福井銀行営業企画チーム(ふくいのデジタル代表取締役社長)の小林拓未さんに、福祉施設との連携で広がる地域産業の可能性について伺いました。
企業理念に掲げる「地域に暮らす人」の意味
ーー福井銀行が福祉施設とのマッチングを行うことになったきっかけを教えてください。
まずは私自身の話からご紹介したいと思います。福井県セルプの活動を知ったのは、2019年頃。当時、福井銀行本部の経営企画の部署におりまして、先輩に誘われて、福祉施設と民間企業をマッチングする「セルプ商談会」にたまたま参加したんです。
福井銀行には「地域産業の育成発展」と「地域に暮らす人々の豊かな生活の実現」を企業理念に掲げていますが、恥ずかしながらセルプ商談会に参加するまで、私自身のなかで「地域に暮らす人々」の対象に障がいを持った人を意識したことがなかったことにショックを受けました。
また、セルプ商談会では福祉施設で作られたものが展示されていたのですが、どの商品もモノ自体がすばらしいんです。福祉施設でこんなクオリティの高いものができるのかと驚きましたし、もっといろんな人に知ってもらいたいと思いました。また、綺麗事ではなく地域を支える金融機関として、どうやって福祉施設を巻き込みビジネスとして循環していけるかを考えなければと思いました。
銀行×福祉施設のコラボレーションが実現
ーーそこからまずはどんなアクションを起こしたのでしょうか。
セルプ商談会を嶺南エリアでも開催することになり、福井銀行として何かお手伝いできればと思いました。当時私はSDGsやCSRの推進を担当していたこともあり、商談会でSDGsセミナーを開催したんです。まだSDGsという言葉が今ほど認知されていなかったので、「健常者の方も障がいのある方も誰一人取り残さない社会を作ることが大事」という考えを知っていただけたらと思いました。
セミナー自体は好評でしたが、さらに具体的に取り組めることがないかと考えるようになりました。福井銀行ではキャンペーンを定期的に行っていて、口座を開設してくださった方にお礼としてちょっとしたプレゼントをお渡ししています。これまではクオカードのようなものをお渡ししていましたが、もっとちゃんと喜ばれて地域のためになるものをお渡しできればと、福祉施設でつくった商品を提案したんです。営業推進の部署などにかけあったところ、満場一致でやってみようという話になりました。
ーーどんな商品をつくったのでしょうか。
プレゼントに採用した商品は、福井県鯖江市の福祉施設「福授園」で作られた木のおもちゃ。セルプ商談会で目にした時にすごく丁寧に加工された商品だと印象に残っていて、その商品をお子さまの口座開設のプレゼントとしてコラボレーションさせていただいたんです。実際にお客様からもすごく好評でした。
その後、私は経営企画から福井市内の営業店舗に異動になったのですが、この時の経験を活かして民間の企業と福祉施設のマッチングを積極的に進めていきました。
銀行がつなぐ、企業と福祉施設のマッチング
ーーマッチングはどのように進めていくのでしょうか。
まずは「軽作業をしてほしい」「梱包をお願いしたい」など、民間企業からのニーズを把握することからはじめます。そのニーズと、セルプさんを通して福祉施設ができる内容を突き合わせて、面談を通して受発注につなげていくという流れです。
ーー福井銀行として、マッチングにはどこまで関わるのでしょうか。
なかなか難しいのですが、銀行は銀行法のなかで業務を行っている関係もあり、受発注などお金が発生するやりとりにはあまり直接に関わることができないようになっています。基本的には、企業と福祉施設の顔合わせぐらいのところまでで止めておかないといけない縛りがあるんです。
とはいえ、はじめまして同士の場合、コミュニケーションエラーが起きてしまう可能性もあるので、そこは我々銀行が丁寧にニーズをヒアリングさせていただいた上で、企業と福祉施設をつなげるように心がけています。
ーーこれまで小林さんが関わったなかで、印象深いマッチングはありましたか。
印象深いのは、ピンバッジですね。2020年にセルプさんが福井県からピンバッジの製造を委託され、「福井銀行さんのつながりのある企業で、バッジを作れるところはないですか」と相談を受けたのが始まりです。
作ろうとしていたピンバッジは高度な技術が必要で、探してみても県内でできるところを見つけられませんでした。そんな時に当時福井銀行東郷支店(現福井中央支店)の支店長が、「眼鏡の金型をつくる技術でできるのでは」と、知り合いの製作所を紹介してくれたのです。雪がしんしんと降るなか、当時の支店長とセルプのセンター長、私の3人でその製作所にお願いに行ったのを覚えています。
バッジの重心を調整したり、デザイン性を高めたりなど試行錯誤して作っていただき、すばらしい商品ができました。しかも、ピンバッジの梱包は福祉施設にお願いしたんです。福井が誇る眼鏡の技術と福祉施設が製作に関わった思い出深い商品ですね。
福井銀行ではピンバッジのECサイト開設のお手伝いをさせていただいたのですが、県内のみならず県外の方からも好評なんです。さらに、このバッジを作ったあとも、大学や役所などさまざまなところから製作の依頼が広がっています。
誰もが福祉に関心を持ちアクションを起こせるまちを目指して
ーーこれまでさまざまなマッチングを行ってきたと思いますが、実際に福祉施設を活用した企業からはどんな声が届いていますか。
やはり「助かった」という声は多いですね。それまでは銀行と福祉施設のビジネスマッチングなどでのつながり自体が正直なかったですし、施設側も銀行に相談しようと思うことはなかったと思います。行員レベルでは似たような事例はあったかもしれませんが、このような取り組みを組織全体で行う流れができたのは、大きな意味があると思っています。
ーーその一方で課題に感じていることはありますか。
福祉施設に作業をお任せすることに対して、企業側が「クオリティはそこそこでも安く請け負ってくれる」と誤解している部分が少なからずあると思います。お互いにとって良いマッチングを成立させるためにも、企業側の意識をどう変えていくか、そこは我々にできることがまだまだあると思っています。
ー今後、進めたい取り組みはありますか。
今、私は福井銀行の子会社である(株)ふくいのデジタルの代表を務めています。県内のDX化を推進しており、そのアプローチの一つとして「ふくアプリ」というスマートフォンアプリを立ち上げました。県のデジタル地域通貨のプラットフォームにも採用いただいたので、今後例えば障がいを持った方に対するサービスが提供できないかなと考えています。
企業とのマッチングだけでなく、誰もが福祉に関心を持ち、気軽にアクションを起こせるような福井のまちを、デジタルの領域から作っていきたいと思います。
あなたにとって福祉とは
Profile
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小林拓未さん株式会社福井銀行(株式会社ふくいのデジタル 代表取締役社長)
2009年福井銀行に入行。本店営業部、経営企画チーム、ブランド戦略チームなどを経て 2021 年 12 月から営業企画チーム新規事業、グループ会社担当推進役を務める。2022年には福井銀行の子会社「ふくいのデジタル」の代表取締役社長に就任した。