障がい者と健常者の垣根をなくす、
「事業承継」から生まれた福祉の新たな可能性
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嶋田祐介さん、藤野直樹さん
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2023.03.31
「福祉と私」は、福祉の現場でさまざまな取り組みを実践している人たちが、それぞれの立場から福祉を語る連載です。
今回私たちが訪れた場所は、福井県福井市にある有限会社ワークハウス。障害者就労継続支援(A型・B型)を通して、各種受注作業をはじめカフェレストランの運営、農業など幅広い事業を行っています。平成30年には100年以上の歴史を持つ和菓子製造工場「恵比須堂」を事業承継し、「えびす堂」と名前を変えて和菓子製造もスタート。今回は代表の嶋田祐介さんと施設管理者の藤野直樹さんに、福祉の世界に入ったきっかけや事業承継の背景、働く環境づくりについて伺いました。
父の跡を継ぎ、未経験から福祉の世界へ
ーーまずはワークハウスについて教えてください。
嶋田さん:ワークハウスは障がいを持つ方の就労を支援する会社です。もともと県立病院の精神科で看護師だった父が、平成25年にこの会社をはじめました。しかし、立ち上げた2年後に父が急逝し、私が跡を継ぐことになったんです。それが30歳のときですね。それまでは自分でITの会社を経営していて、福祉の世界とは無縁でした。
ーー急なことだったんですね。お父様の跡を継ぐのはすぐに決断ができたのでしょうか。
嶋田さん:それまでは障がいを持った人と触れ合う機会がほとんどなくて。「障がい者」といえば、突然大きな声をだしたり予測できない行動をしたりするイメージしかありませんでした。
父がワークハウスを立ち上げて間もない頃、「この仕事を一緒にやらないか」と誘われたことがあったんです。その時は自分でも会社を経営していたので断ったのですが、正直言うと障がいのある方と接するのが怖かった部分も大きかったと思います。
父が亡くなりこの会社まで失うと、父が残したものがなくなってしまう。どうなるかわからないけど、自分がやろうと思いました。その時はもう障がい者を怖いと感じる思いは消えていましたね。
ーー藤野さんはこの業界にいつ入ったんですか?
藤野さん:私は先代の頃からワークハウスで働いています。もともと介護の仕事をしていたのですが、知り合いからこの事業所を立ち上げる話を聞き、障がい者支援の世界に飛び込んでみようと思いました。開設当初は地域のニーズがなくて利用者も数人程度だったのですが、地道に利用者の方を集めるところからはじめて、ようやく事業所が軌道に乗り始めたところで急逝されたんです。
実は亡くなる2日前に職員みんなで食事会をしたのですが、そこで先代は「いずれ息子にこの会社を任せようと思う」とおっしゃっていて。ベテランの職員にも「その時は息子のことを頼んだよ」と話されていたのを覚えていますね。だから、この流れは必然だったんじゃないかなと思っています。
ただ先代が亡くなられて途方にくれたのは事実です。でも私がたまたま事業を運営していく上で必要な資格研修を受けていたこともあり、手探りではありましたが、社長は会社の経営を、私が事業所の運営を担当することになりました。ほかの法人の方にもたくさん助けていただきましたが、社長が就任して最初の3年間は目まぐるしくて記憶がないですね(笑)。
障がい者に対する見えない壁が壊れた瞬間
ーー嶋田さんはワークハウスを継いで、まず何から始めたのでしょうか。
嶋田さん:ワークハウスに入った直後は、利用者の方からいろんなことを教えてもらいました。一緒に作業をしても、道具すらどこにあるかもわからない状態で…。そうすると、みんな「社長、これはこうですよ」って教えてくれるんです。そんなコミュニケーションを通して、これまで感じていた障がい者に対する大きな壁が壊れました。
最初の3年は、ほかの事業所や法人のことをあえて知らないようにしていました。僕は福祉のことを全く知らない世界から来たので、「福祉とはこうあるべき」という業界の価値観ではなく、人としてどう向き合えばいいのかを考えたいと思っていました。とはいえ会社の規模も小さいですし余裕もなかったので、とにかくいろんな分野の勉強をしていましたね。そのおかげで、後々事業の拡大にもつながったのかなと思っています。
創業100年超の老舗和菓子店を事業承継
ーー現在、ワークハウスでは就労継続支援A型・B型の事業所のほかにもカフェや農業などさまざまな事業を行っていますが、2018年には老舗和菓子店を事業承継したと聞きました。
藤野さん:就労継続支援には企業と障がい者の方が雇用契約を結ぶ「A型」というものがあります。ワークハウスの利用者でも一般の会社に就職した方がいるのですが、環境の変化に慣れなかったり、社会の障がいに対する理解が追いついていなかったりなどが理由で、半年くらいで辞める方が出てしまって。会社で働くのが難しければ、自分たちで会社を買って、そこで利用者の方が働ける環境を作ろうと思ったのです。
嶋田さん:まずは商工会議所から県の事業承継・引き継ぎ支援センターを紹介していただきました。センターの方から「どんな会社を探していますか」と聞かれても最初はイメージがわかず「何でもいいです」と答えたら、それでは何も紹介できませんと言われてしまって(笑)。
あらためてどんな会社の仕事が利用者の方に向いているのかを考えたところ、手作業の多い仕事が良いのではと思い、いくつか希望をお伝えしました。そこから、福井市にある「恵比須堂(現・えびす堂)」を紹介していただいたのです。
ーー「恵比須堂」について教えていただけますか。
嶋田さん:恵比須堂は創業100年以上の歴史がある和菓子屋で、福井の銘菓「羽二重餅」や「けんけら」を手がけていました。当時の社長も後継がいないのと、ご自身も高齢なので事業の継続が難しいと感じておられたそうです。社員を抱えているので廃業するわけにはいかず、譲渡先を探していたところ、私たちとご縁があり譲渡していただきました。本格的な交渉が始まったのが2018年3月で、正式に契約したのはその2ヶ月後。一般的に事業譲渡は1年くらいはかかるといわれているので、異例の早さだったようです。
ーーすごいスピードで決まっていったんですね。
藤野さん:しかしまずは利用者のみなさんが本当に働けるのか、そこの見極めは必要だと思いました。何人か連れて恵比須堂を訪れたのですが、「ここでやっていけそうやわ」と言ってくださった言葉が決め手になりましたね。
恵比須堂で長く働いていた社員さんからは最初「障がい者にどんな仕事ができるんや?」といった声もありましたが、今では「パートさんよりいい仕事をしてくれる」と言ってくださっています。一緒に働くことで、障がい者と健常者の壁がなくなりつつあるのはいいことだなと思っています。
「知ること」が障がいへの理解につながっていく
ーー障がい者と健常者が一緒に働く環境作りで工夫したことはありますか?
藤野さん:事業承継後も恵比須堂の元社長には3年ぐらい相談役としてアドバイスしていただきました。ワークハウスの職員も、もともと働いていた方と利用者の間に入ってコミュニケーションをサポートしてくれたのがよかったと思っています。
例えば、頻繁にお手洗いに行ったり、何度も同じことを聞いたりする利用者さんは本人の障害特性でそのような行動を取るのですが、知らない人から見ると「さぼってるんじゃないか」「同じことを何度も聞いて面倒だな」と思われてしまう。そこを職員が丁寧に伝えてくれたので、障がい者に対する理解が進んだと思います。
ーー事業承継後はえびす堂でどんな商品を作っているんですか?
嶋田さん:もともと恵比須堂で作っていたけんけらや羽二重餅のノウハウはそのまま活かしています。ワークハウスでは農業の事業も行っていて、これまで海外産のもち米も使っていたところ、自社で作ったもち米100%に変えました。「フクション!」のプロジェクトではデザイナーさんに入っていただき、トーストに載せる羽二重餅「羽二重トースト」を商品化したのですが、新しい発想で生産が追いつかないほどの発注がくることもありました。
ーー利用者の方に反響の大きさを伝えることもあるんですか?
藤野さん:もちろんです。実は「羽二重餅トースト」は一枚ずつ手作業で伸ばしているので、大変な作業なんです。しかしモチベーション高く、いい商品を作ってもらいたいので、実際の注文数やSNSでの反響などはいつも伝えるようにしています。
すべての人が自分らしい生活を送るために
ーー事業承継はワークハウスとしても大きな投資だったと思いますが、今回の経験を通して福祉と事業承継の相性の良さを感じた部分はありましたか?
藤野さん:新しい事業を始めるのは利用者だけでなく、実は職員にとっても不安が大きいんです。一から始めるのではなく、あらかじめこれまでのノウハウを伝えてくださる方がいらっしゃるのは大きいですね。
嶋田さん:地域で続いてきた歴史を受け継ぐことで貢献できるのも、事業承継の良いところだと思います。承継後、「恵比須堂」は「えびす堂」と少しだけ名前を変えて、ワークハウスのグループ企業の一員となりましたが、それ以降もカフェや自立訓練の会社も事業承継することになりました。えびす堂をきっかけに変化することが当たり前になる基盤を作れたのはよかったと思います。
今もおかげさまでいろんなお話をいただいています。本当は多少お金儲けをした方がいいのかもしれませんが、個人的にはお金儲けよりもその事業や会社が無くなることで困る人がどれだけいるのか、「社会的に必要とされているのか」という判断基準を大切にしたいなと思ってます。
ーー今後、福祉の業界に希望することはありますか?
藤野さん:利用者のなかには、週1回だけでも働きたい、身体の半分しか動かないけどみんなと一緒に仕事がしたいという方もいます。当然工賃としては安くなってしまうので、働きたいのに断られたという話もよく聞きます。私たちの仕事は、工賃の高い低いなど数値的なことだけでは評価できない難しい仕事だと思っています。まずは利用者がその人らしい生活が送れているのかを大事にしてもらえるような制度があればと感じています。
嶋田さん:今はまだ現場の声を取りまとめるところがなく、小さな事業所の声は消されてしまいがち。福祉の制度を見ていると、まだまだ現場の声が届いてるとは思えないことがあります。今後、さまざまな制度を整えていくなかで、有識者だけでなく利用者や職員もまじえながら、ともに福祉の未来を考えていきたいですね。
あなたにとって福祉とは
Profile
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嶋田祐介さん(左)
有限会社ワークハウス代表取締役社長
21歳の時に運転代行業として起業し、27歳の時には貿易業、その後IT業の企業を立ち上げる。ワークハウスの先代社長である父の急逝により、福祉の世界に入った。
藤野直樹さん(右)
有限会社ワークハウス管理者
長年、病院で介護士として勤務していたが、ワークハウス立ち上げとともに障がい者支援の道へ。嶋田社長と二人三脚で利用者が働きやすい環境づくりを行っている。